さばくのでりだ

井筒俊彦『意味の深みへ』岩波書店、1985年 印刷・三陽社 製本・牧製本
デリダのなかの「ユダヤ人」」(←初出:『思想』1983年9月号)より抜粋(96頁-97頁)


 「場所」(lieu)とは、enracinement(=rootedness)を意味する、とデリダ自身が言っている。大地にがっしり根を下ろすことだ。どこかに固定した場所を据えつけること、それは、デリダにとって、権力(プーヴォワール)と暴力(ヴィオランス)に直結する。権力と暴力につながる「場所」の否定、「非・場」、を己れの立場とすべく、彼は「砂漠」に行く。「砂漠」こそは「非・場」の場。一定の場所というものは、そこにはない。
 「砂漠では、何一つ花が咲かない」(ジャベス)。砂漠はもの「不在」(absence)の場所だ。が、それはまた同時に、「場所の不在」(absence de lieu)でもあるのだ。きっかりと境界線で仕切られた場所は、どこにもない。自分の位置を据えつけるべき特定の場所はない。「一つのきまった場所、一つの囲み、他者を排除する地域、一つの特殊地区、ゲットー」はここにはないのだ。常に、どこまでも「彼方」であるような場所、経験世界には絶えて実在しないような場所、無限の過去であると同時に、無限の未来でもあるような場所。「砂漠」には「非・場」の夢がある。…


※原文よりルビ表記を変更、傍点を削除

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美しい本。
手に取りやすくしなやかで扱いやすく、それでいて字体が目にあざやか。
刻まれた文字をたどり読む。コトバが身体を刻む。書物の律動。