体験と経験と

マーティン・ジェイ『暴力の屈折』 谷徹・谷優訳 岩波書店、2004年
第一章 慰めはいらない ―ベンヤミンと弔いの拒否 より

…かくして、彼の空想は、ヘーゲル的な想起=内在化(Erinnerung)とは異なった記憶の概念に依拠している。ヘーゲル的な想起においては、過去は、全体化する内在化の高揚した瞬間としての現在によって、消化吸収されてしまう。この代わりに、ベンヤミンの記憶(Gedächtnis)の概念は、過去と現在のあいだのまさに分離を保存し、トラウマそのものの時間的遅れを保存している。そして、こうした分離と遅れこそが、二つのものの―崩壊ではなく―コンステレーション(=単一の原理に回収されない、星座のような配置関係)を可能にする。それというのも、過去と現在の区別が保存され、多様な空間の異質性が保存された場合にのみ、真の普遍救済(アポカタスシス)が達成されうるし、排除と合体のない良性の過剰記憶が達成されうるからである。失われた対象の御しにくい異他性が、合体の過程をつうじて中和されてしまわずに、保存されている場合にのみ、真の経験(Erfahrung)が実現されうる。

まさにこの理由で、象徴的な癒しや肯定的な記念式典に対するベンヤミンの妥協なき抵抗は、いまなお、深く考えるに値する。…(中略)…つまり、戦争の犠牲者たち―あるいは、より深いところでは、戦争を起こすことにつながった神話と不正によって支配された社会の犠牲者たち―は、高貴な理由のために死んだ英雄的な戦死としてこそ最もよく理解されるという考え方に対して、ベンヤミンがその虚偽を証明したということは、認められねばならないからである。

                                                                                                                    • -

原書は英語なので、コンステレーション(布置)なのでしょうか。
ベンヤミンといえば「コンステラチオン」、この片仮名に馴染んでいるので新鮮です。